【12月特集航空会社】 フィンエアー Vol.1

【歴史】

フィンエアーの設立は1923年11月1日。「アエロ」の呼称でスタートした世界で5番目に歴史のある航空会社です。1924年に就航したヘルシンキとタリンを結ぶ初フライトは、162キロの郵便物を輸送するフライトでした。当時はJunkers(ユンカース)水上機によるフライトであり、冬期はスキー、夏期はフロートを装着しての運航でした。1930年代後半にはヘルシンキからヨーロッパ各国首都への運航を開始。その後1947年にキャビンアテンダントが初めて搭乗するフライトが運航されました。

90年以上におよぶ歴史の中で、航空会社としては世界で初めてとなる禁煙席設置(1972)、同じく世界初の「環境マネージメントシステム規格」ISO14001(ケータリング部門、2001)取得など、環境問題にも積極的に取り組む一方、他社に先駆けてのコンピュータナビゲーションシステム導入、さらに北極上空ルートによる世界初の日本-ヨーロッパ間ノンストップ便就航など、航空業界のパイオニアとして常に時代をリードするエアラインです。安全性に関しても評価は高く、ドイツの航空専門誌「アエロ」の調査において「最も安全なエアラインのひとつ」に選出、ニューズウィーク誌の調査でも上位にランクされています。また、各国の旅行雑誌による投票でも、ヨーロッパ系航空会社中第1位に選ばれるなど、常にトップクラスに位置づけられています。

フィンエアーの歩み

1923年:11月1日設立

1972年:全てのフライトに禁煙席設置

1983年:4月、成田便就航。日本とヨーロッパを結ぶ世界初のノンストップ便

1991年:北極上空ルートよりシベリア上空ルートに変更

1995年:関空-ヘルシンキ直行便就航

1999年:航空アライアンスoneworldに加盟

2005年:関空増便、成田と併せて夏期はデイリー運航

2006年:名古屋-ヘルシンキ直行便就航

2007年:関空線週7便、名古屋線週4便に増便(夏期)

2008年:創立85周年、日本就航25周年

2009年:夏期、成田線チャーターを実施 エアバスA330を名古屋・関空線に投入

2010年:成田線を週7便に増便、通年デイリー運航を開始。名古屋線を週6便に増便

2011年:名古屋線を週7便に増便、東名阪からの完全デイリー運航を実現

2012年:夏期スケジュールにて、東名阪からの完全デイリー運航を実施

成田-ヘルシンキ線を増便、日本-ヘルシンキを合計週24便で運航

2013年:創立90周年、日本就航30年

2014年:4月1日よりJAL、BAとの共同事業を開始

2016年:5月より福岡便を週3便にて就航予定

【12月特集航空会社】 フィンエアー Vol.1

【概要】

社名:フィンエアー(フィンランド航空)
国籍:フィンランド
拠点空港:ヘルシンキ・ヴァンター空港
設立:1923年11月
日本就航:1983年4月(成田~ヘルシンキ)
ネットワーク:世界70都市以上
アライアンス:ワンワールド

フィンランドを代表するエアラインで、日本から最も近いヨーロッパのゲートウェイ、ヘルシンキヴァンター空港が拠点です。株式の約半数をフィンランド政府が持つ準国営航空会社で、設立は1923年と古く、当時はアエロという社名で水上機により運航を開始しました。第二次大戦で一時運航停止になりましたが、終戦後は政府の支援を基に運航を再開し、1968年にフィンエアという名称になりました。
日本への乗り入れ開始は1983年で、フィンランドという北欧のロケーションを活かして、初めて欧州と日本を北回りでノンストップ直行する、成田⇔ヘルシンキ間を就航しました。このルートは欧州と日本を結ぶ最短路線となり、ビジネスマンを中心に利便性の良い航空会社として評判になりました。
1995年には関西に就航、2006年には中部にも就航しました。日本からコンパクトて乗り継ぎに適した、ヘルシンキ経由で欧州各地に接続できるスケジュールにより、フィンランドだけでなくヨーロッパ全方面の旅客からの利用があります。近年はワンワールドメンバーの一員となり、日本路線は日本航空との共同事業を行っています。

 

 

 

 

スターアライアンス特集!コパエアラインズ!

1947年に設立されたパナマのフラッグキャリアで、パナマシティをベースに中南米、アメリカへの定期旅客便の運航を行っています。1990年代後半に筆頭株主がコンチネンタル航空に変わり、機材の近代化を図り、ロゴデザインもコンチネンタル航空に準ずるものとなった。その後、コンチネンタル航空の資本比率が下がって子会社でなくなり、コンチネンタル航空も統合によりユナイテッド航空に社名が変わったが、現在も提携は続いています。最近ではパナマ国内線を運航していたアエロパブリカを吸収して国内外ネットワークを充実させ、中米で信頼できるエアラインとして運航を行っています。

スターアライアンス特集!アビアンカ航空!

南米を代表する航空会社で、1919年にコロンビアで誕生しました。運航開始時はSCADTAという社名で株式もパンナムが80%保有していましたが、後にアビアンカが買収って事業を拡大しました。現在は中南米の巨大なエアラインとして成長しており、グループエアラインも含めアメリカ本土や欧州線も運航しています。世界的アライアンスのスターアライアンスに加盟しており、2009年にライバルでもあったTACAと合併し、持ち株会社のアビアンカで統一することになりました。

スターアライアンス特集!エアカナダ!

1936年にカナダ政府直轄の鉄道会社カナディアン・ナショナル鉄道によりエア・カナダの前身となるトランス・カナダ・エアラインズ社が設立されました。第二次世界大戦後は運航規模を拡大し、カナダ大陸横断便、アメリカへの国際線の増発、機材補強などを行い、世界中にネットワークを広げながら、一方でローカル線運航の子会社設立なども行いました。1990年代に入ると、カナダ第二の航空会社であったカナディアン航空との競争が激化していったが、2001年にカナディアン航空を吸収して経営危機を乗り越え、カナダ最大で、世界的に見ても巨大な航空会社へと成長した。バンクーバー、トロント、カルガリーから成田への定期便の運航も行っているほか羽田空港にも就航。世界的アライアンスのスターアライアンスに加盟しており、全日空ともコードシェアを行っています。

スターアライアンス特集!ユナイテッド航空!

もともと1926年に設立されたヴァーニー・エアラインが前身のアメリカの大手エアラインで、翌年には初めて有料旅客を乗せてアメリカを横断、1930年にはフライトナースと呼ばれる客室乗務員を搭乗させるなど、世界の航空会社のパイオニアとして成長しました。日本へは1986年にパンナムから太平洋路線を買収して、成田空港にハブを構築すると、アメリカの都市から成田を経由してアジアの都市を結ぶ運航形態を確立しました。また1997年のスターアライアンス創設メンバーとして、他のエアラインとの提携・コードシェアも積極的に進めています。2010年にコンチネンタル航空との両者対等合併が決まり、機体のカラーリングはコンチネンタル航空のデザインをベース使用してUNITEDの社名ロゴが入るものになりました。

欧州エアラインの今!

ヨーロッパの航空業界地図はこの20年で一変しました!20世紀のヨーロッパの航空会社といえば、イギリスのブリティッシュエアウェイズ、フランスのエールフランス、ドイツのルフトハンザドイツ航空、オランダのKLMオランダ航空、イタリアのアリタリア航空、スイスのスイス航空、オーストリアのオーストリア航空など名門のフラッグキャリアが頂点にありました。しかし今のヨーロッパで最大の輸送実績を誇るのはそうしたレガシーキャリアではありません。国際航空運送協会によるとヨーロッパの1位はLCCのライアンエアです。2位がルフトハンザドイツ航空で、3位がLCCのイージージェットと格安航空がヨーロッパの覇者となっています。そうした危機のなか、ヨーロッパの名門キャリアは吸収と合併による巨大化を図ってきました。エールフランスはKLMオランダ航空を資本傘下におさめ、ルフトハンザドイツ航空はスイスインターナショナルエアラインズとオーストリア航空を傘下に引き入れました。ブリティッシュエアウェイズはスペインのイベリア航空と経営統合、イタリアのアリタリア航空はエティハド航空の傘下に入りました。現在の欧州レガシーキャリアはブリティッシュエアウェイズ、エールフランス、ルフトハンザドイツ航空の3強に集約されています。これからもレガシーキャリアvsLCCのヨーロッパ航空業界から目が離せません!

巨大な中国の航空会社!

中国はいまやアメリカに次ぐ航空大国です!なかでも巨大なのが、中国国際航空、中国東方航空、中国南方航空です。中国国際航空は北京、中国東方航空は上海、中国南方航空は広州をそれぞれハブ空港として成長してきました。中国の航空会社が急成長した背景には中国経済の成長と、国土の広さがあります。100万人都市が散らばっている中国では、国際線が伸びなくても、国内線の拡大によって世界レベルの規模まで巨大化しました。国際航空運送協会の国内線輸送実績をみると、3位に中国南方航空、6位に中国東方航空、8位に中国国際航空と3社が世界のトップ10にランクインしています。大手3社以外にも30社以上の航空会社がひしめく中国の航空会社から目が離せません!

 

韓国の大手レガシーキャリア躍進の理由!

韓国には大韓航空とアシアナ航空という大手レガシーキャリアが存在します。どちらも大手財閥の一員で一時は、日系キャリアを圧倒して世界的な人気を集めました。韓国は国土が狭く国内線の需要がそこまで見込めないので、国際線を伸ばす選択肢しかありませんでした。まず最初に狙われたマーケットが日本です。両航空会社とも日本の地方都市に路線網を築きました。当時の日本は国際線は成田空港、国内線は羽田空港だったので、羽田から成田までバスや電車で移動する必要がありました。これに対して大韓航空とアシアナ航空は日本の地方都市とソウルの仁川空港を結び、そこから乗り継ぎ、以遠の都市へ簡単に行ける環境を整えました。地方都市のお客様には本当に利便性の良い航空会社です!

21世紀に日本の航空会社が増えた理由!

20世紀末まで、日本の航空会社は日本航空(JAL)と全日空(ANA)、日本エアシステム(JAS。後にJALと合併)の3社体制が長く続いていました。しかし1998年スカイマークやエア・ドゥが運行を開始した頃から次々と新しい航空会社が登場します。2000年にはフェアリンク(現アイベックスエアラインズ)、2002年にスカイネットアジア(現ソラシドエア)、2006年にはスターフライヤーが運行を開始します。ほかに地域航空会社としてフジドリームエアラインズが2009年に運航を開始しました。2012年以降は格安航空会社(LCC)が登場します。2012年にピーチ・アビエーション、ジェットスター・ジャパン、エアアジア・ジャパン(現バニラエア)、2014年には春秋航空日本が運行を開始ました。このような新規参入が続いた背景には、政府がオープンスカイ政策に転じ、規制緩和をした影響があります。お客様の立場からすると、たくさんの航空会社が競い合って、サービス、料金面が改善されるのは嬉しい限りです!